2008-10-31

How is the Japanese stock exchange now?








Is it lowest?


ルームメイトはファイナンスが専門なので、よくstock exchangeの話になります。
この間日経平均がバブル後最低になったのは記憶に新しいですが、「じゃあいつが最低なの?」みたいな話から事は始まりました。

いろいろ調べたものの、意外や意外、長期の株価の推移データ(のグラフ)は置いてないんですね。せっかくなのでエクセルのデータを探して(これが意外に手間)表にしてみました。
(これが上の表)


"Do you know inflation rate at that time?"

要するに物価上昇率で割り戻さないとわからないよね、みたいな話になり、「じゃあ、やってやろうじゃないの」とCPIを探して次に作ったのが下の表。



"But I think main currency is $US"

はいはい、為替レートで割り戻せばいいんでしょ。


ということで、為替(名目)レートで割り戻したのが下記。




結論としては"Oh, It's not so bad"
(とはいえ直近のデータは入ってないのですが)

・・・確かに。勉強になった一日でした。






2008-10-17

Half has finished!



半分終了(写真はとあるコースのreading.1ヶ月半でこれぐらいですが、超楽なほうらしい)


今日、Trendspotting & Future ThinkingのFinal Presentation があり、half-semesterが終わりました。1週間ほど中休みがあり、今月末から新しい授業が始まります。


1ヶ月半を振り返ってみると、とにかく「何もかもが新鮮!」。
人も言葉もお金も自然も、何もかもが違う毎日は新しい経験の連続で心が休まる暇がありませんでしたが、ほぼ2ヶ月経って、ようやく気持ちが慣れてきた気がしています。

と、ダラダラ書いていても仕方ないので、いくつかポイントを列挙してみます。

<授業について>

1、講義の位置づけと構成が違う

日本の場合、講義は先生が「教える」場で期末のテスト(か中間テスト)で評価するのが通常です。しかし、こちらでは講義は「議論をする」場で、中間のプロジェクト(チームで何かプランを作る)と期末のテスト(これは筆記)で評価をするのが通常なようです。つまり講義はアウトプットの場であり、インプットの場ではないということ。

こちらでは講義ごとに読むべき課題があり、問いが設けられていて、それについて議論し、先生が意見をまとめていく、というのが代表的なスタイルのようです。授業中、ポロポロ意見があがって、それを先生がまとめていく感じ。もちろん、悪い面もあり、先生のファシリテーションのレベルによって、講義のレベルが左右されるので一丁一端だと思います。ちなみに、先生がイマイチだと意見が出ません。この辺は日本も一緒ですね。

2、みんな、話せる

人前で話すことに慣れている人が多いようです。もちろん内気な人もいるのですが、人前で話すこととは独立なようで、振られればそれなりにしゃべれる。これは文化の違いなんでしょうかねえ。。。

3、議論好き、か?

欧米の人は議論が大好きで、とことん納得するまで話し合う・・・という印象だったのですが、「これがベストなアイデアだから議論不要だよね」みたいな空気は万国共通なようです。というか、考え方や価値観に関して文化の違いはあまり感じません。みんな「空気」は読んでいる気がしますよ。

4、学生のレベル

高い気がします。英語(母国語ではない)を使った分析で「ああ負けた」という感じなので。ただ、アイデアやバリューを絞り込めば負けない気がします。


<英語について>

1、みんな使っているのは初級単語

みんなネイティブではないので会話で使うのは初歩英語です。むしろ簡単な言葉遣いのほうが「うまいね」と尊ばれる感じ。ネイティブではないため、自分がわからない単語は相手も知らないのです。また、単語の間にある微妙なニュアンスの違いも、「微妙なニュアンスの違いがあるらしい」という概念として認識しているので、少々の間違いはまったく問題ないです。まあ、北欧だからかもしれませんけど。

2、日本語と英語は違いすぎる

『国家の品格』にも書いてましたが、日本人(と韓国人)がこんなに英語が苦手で、欧米人がやたらうまいのは言語の性格の違いだとしか思えません。欧州の留学生はやたらうまいんだもん。

まず文法。知ってはいても、疑問文をひっくり返す癖がなかなか身につかない。これは仕方がないですよね。

あとは発音。はっきり発音しても通じない。逆に早く発音すると通じたりする。要するに日本語だと「ゆっくり、明瞭に」がよい日本語ですが、英語だと「流暢に」がよい英語だということなんでしょう。



「英語って、communication toolなんだなあ」としみじみ感じている日々です。要するに伝わることが重要なのであって、発音とか、語彙とか、そういう価値観ではないということ。とはいえ、いろんな国の、いろんな文化の、いろんな考えを持った人が、1つの言葉で会話しているって、考えられないほど大きなことですよね。たまに感激します。




そんな感じです。講義はおわったとはいえ、レポートが3つもある。。。
がんばらねば。





2008-10-07

Blog renewal!

マイナーチェンジ。



スウェーデンネタでなくて恐縮ですが、この日記を少し変えました。
わかります?


そう、ラベルを変えたんですね。
どうやら一瞬でラベルを付け替える機能はないみたいで、126件の投稿のラベルを1つ1つ手作業で張り替えるという地道な作業・・・が、やり始めると止まりません。


以前から、ラベルの乱雑さが気になって仕方なかったのです。特に本。
本人の中では分類されているつもりなのですが、レベルが違いすぎて、気持ち悪い。
昔は気にならなかったのですが、最近見るたびに気になって仕方ないので、さすがにそろそろだろうと思い、チェンジ。
おかげですっきりです。


悩んだのはどの分類を採用するか。
いろいろ(歴史が)あるんですね。思えば図書の分類とは、世の中のあらゆる文字情報を分類して整理しようという壮大な試みですから、先人たちの汗と涙の結晶なわけです。MECEとかフレームワークとか、ロジカルシンキングとか、そんな発想が念頭にあると、それなりに萌えるわけですね。笑


実用的には断然amazonなのですが、実用的過ぎて抜け漏れ重複がありそうだなあ、という直感から日本十進分類法(NDC)9版を採用しました。




で、ラベルを張り替えてみると知識の偏りが一目瞭然。
【2類 歴史】【4類 自然科学】【8類 言語】が一冊もない。
・・・そのうち読みたいと思います。



読書以外のラベルもすっきり。



ああ、気持ちいい。



ラベルって、性格出ますね。。。




2008-10-04

『国家の品格 (新潮新書) 』(藤原正彦/新潮社)














論理の誤り。




「論理は道具であり、真理は論理にはない」。

要約するとそんな感じでしょうか。「合理的に割り切れない考えや価値観こそが本質なのであって、合理的な考えだけでは必ず道を踏み外す」、みたいなのが全体の主張。あとはVIVAニッポン。「国家の品格」は最終章だけなんですね。意外でした。


就職先の大先輩に「(この本を)三回読んだ」という方がいらっしゃって、そんなにいい本なのかと思い購入した一冊。三回は多いですが、一度は読んでもいい本なのかなと。47版は異常な気がしますが。。。



International Business Strategyという講義を履修中なのですが、結局globalizationが進むとみんな同じになっちゃうんですよね。というか企業が同じようにしようとする。便利になるのは良いのですが、数字は増えても、何かが失われていくんだろうなあ、というさびしい気持ちを抱くのです。




農業経済学と茶道を習っているせいか、基本的に共感でした。
別にあそこまで激しい思いを抱いているわけではありませんが。


論理(=経済学)はあくまで論理で、真理は別のところにある、というのはそれなりに大きな発見だったりして。と内定式を終えて思いましたとさ。





『農林族―田んぼのかげに票がある (文春新書) 』(中村靖彦/文藝春秋)














政治と農業。



タイトル通り、農業と政治家の関係を扱った本です。

「どうしてこんなに分かりやすいんだろう」というのが感想。そのぐらい、政治を通じて農業政策の変遷を辿るとわかりやすい。思えば農業経済学の教科書には政治がほとんど登場しないんです。だから経済的な要因で全てを語ろうとするのですが、どう考えても政治力学を駆使したほうが過去の政策の変遷が合理的に説明できる気がしてきます。


農業って、食料生産産業でも資源保全産業でもなくて、政治の駆け引きの道具だったんだなあ、と今更ながら理解しました。別に悪い意味で言っているのではなく、経済学的な軸だけでは決められない論理が存在している、ということ。


経済学的に合理的でないものはおかしいと思う反面、本当にそれが正しいのか、という疑問符もつきます。だって、経済学の論理に則ったら政治なんていらないんだから。


その論理が政権の存続ではなく農業そのものの存続を目指すものになっていればよいのですが・・・と平凡な感想で終わらせておきます。











『アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)』(伊坂幸太郎/東京創元社)













ねぎま。



2ヶ月ほど前、家で焼き鳥を作りました。ねぎまを作ったのですが、あれは面白いですね。もともとはひとかたまりの鶏肉とねぎをいったんバラバラにして、交互に並べていくんですから。そのほうが見た目も良いし、何よりおいしい。


そんな印象のお話。


現代ミステリー小説(という分類じゃなかったらすみません)などまったく読まない私ですが、留学の餞別に同期から頂いたのでした。よく読まれた本のようで6月時点で16版。僕が読む本にしてはダントツに売れている・・・。トルコ上空あたりで読破しました。



うまく作られていて、きれいにタイルがはめ込まれている、という印象。
こういうstructureで作られると、自分でも作りたくなるから不思議です。
が、最後に良いお話になるのが個人的には違和感。




小説って何のために書くんでしょうか、とか思う自分は読者失格ですかね。













『農地制度何が問題なのか』(高木賢/大成出版社)













法律と経済。



内定式のために購入した一冊。
時差ボケで夜寝つけなかったおかげで読破することができましたが・・・当日は絶不調でした。


農業問題の本質とも言われる農地制度。
これを扱った本の中ではおそらく最新のそして最薄の一冊です。
元食糧庁長官、「農地政策に関する有識者会議」の座長を務めた農水省OBが、現在の制度と論点を解説しています。

感想は2つ。

・制度としては改正の必要がないぐらい、全て整っている
・関連法が入り組んでいて、複雑すぎる


「規制緩和」「株式会社の参入の是非」というキーワードでしか話題になりませんが、農地制度は農業政策上重要な論点なのです。というのも、農地の集約(による農業の近代化・合理化・大規模化)を進めないと日本の農業は立ち行かなくなる、という危機感から、制度上は集約を促すような仕組みになっているものの、現状としてあまり進んでおらず、むしろ農地が使われないで放置されたり、住宅に転用されたりとやりたい放題だからです。

読むまでは農地「制度」そのものに問題があるのかと思っていたのですが、実際は逆で運用、もっといえば環境に問題がある、という印象を受けました。つまり「がんばって農地をまとめてもそんなに儲からない」「むしろ農地を住宅地にしたほうが儲かる」という外部要因。






内定式の前の面接で、身上書のアピールポイントに「経済学部出身」と書いたら「これどういう意味?」と突っ込まれました。

「14人中2人しか経済職がいないからです。経済学はたとえばWTOの関税の議論や・・・そもそも農業はとても複雑ですから経済学のような単純な視点で評価できるということが重要だと考える、ということです」


・・・何のために読んだんだよ、この本。というのは後の祭りで。


要は法律的な可能性ではなくて経済学的なインセンティブの問題なんだよな、と農地制度を例に説明できればよかったのになあ、とか今更思うのでした。


ちなみに無事内定を頂きました。20万円かけて帰ったかいがあったのか、な。